Chaos Area 1-5 1-6
 
 
「で、ここから、移動手段がある場所までは、何日くらいかかるんだって?」
気さくな調子で、秋蘭が積志と名づけられた男に話しかける。
「二日ってとこかな」
「だいたいあんたが、ヘリを墜落させなきゃこんなことにはならなかったのよね。」
「しょうがないだろう。命令だったんだから。逃げ出せるだろうと思ったし。」
「なんで?」
「その人が乗る前に、笑って俺のほうを見た。」
積志が春英にむかってあごをしゃくる。
春英は積志がヘリを落とすつもりだということに気づいていて、積志は気づかれていると思っていたわけだ。
「それに、たぶん、落とさなきゃ、撃墜されていた。」
「なるほど」
「勘弁してくれよ。ちゃんとサウードの町までは案内するから。」
「当然よね」
 
 
 
砂漠から吹く砂交じりの風を避けるように、厚い布地で顔を覆いながら、四人は歩き続けた。常人なら、四日はかかるだろう距離を、二日で踏破した。
 
 
 
******
「さてと……」
と、小型のロケットランチャーを取り出した秋蘭を、春英が遮った。
「今回は、そういう物騒なものは引っ込めてくれ。私が中に入れるようにしてくれるだけでいい。」
「そうなの?」
「ああ、事が大きくなったら、あちらも引っ込みがつかないだろう。」
「わかった。」
祐樹は黙ったまま二人の様子を見ている。自分は指示に従うだけだと心得ている。
「いくぞ」
建物の中に踏み込もうとすると、制服を着た男二人が寄ってきた。
祐樹と秋蘭が速やかに近づいていって倒した。みぞおちに一発入れただけで、銃も抜かせない。だが、念のために武装解除してしまう。
おそらくモニターで様子は見られているだろうから、この先はもっと進みにくくなる。
案の定、エレベータが開いたとたんに、武器を持った軍人らしい男たちが銃を構えている。
だが、次の瞬間、目もくらむ光と、鼓膜を破りそうな音のために、全員が意識を失った。かろうじて、気を失わなかった男も、何が起こったかわからないまま、取り落とした銃を探っている。光のために目がくらんで何も見えないらしい。
祐樹が閃光弾を放り込んだのだ。
 
 
銃を取ろうとした男は、秋蘭にあごの辺りを蹴り上げられて、倒れた。
秋蘭はこういうやり方が好きではない。爆発物や、武器が好きなのだ。
ロケットランチャーでさえ、軽々と扱う女だ。
 
エレベーター前の騒ぎは秋蘭と積志に任せて、春英と祐樹は階段を駆け上がる。なぜか、春英は祐樹に付いて来いと言った。
息も切らさず二段おきに駆け上がる。踊り場で向かってきた男はあっさり、階下に突き落とされた。
目的の階まで上がったところで、小柄な男が待ち構えている。
「任せます。」
あっさり言って、春英はその階の奥にある部屋に向かう。
 
 
春英を追おうとする小柄な男の前に立ちはだかって、祐樹が足止めをする。
身軽に飛び上がった男が空中で蹴りを出してくる。恐るべき身の軽さである。だが、祐樹はもっと身の軽い相手を知っていた。訓練中に蹴られた痣は、まだ、腹に残っている。
飛びのきざま、相手の細い足首を掴むと、壁に向かって思いっきり振った。
壁に激突すると思われた相手は、軽く壁を蹴って、その反動で、体ごと祐樹にぶつかってきた。うんざりしながら、祐樹は薬を塗ったニードルを使おうとした。
「そういうことしているから、体術が上達しないんですよ。」
春英の声がした。
瞬間、祐樹の前に差し出された手の平が、飛んできた男の体をあっさりと吹き飛ばした。
今度こそ男は壁に激突した。そのままずるずるとくず折れる。
 
「話がつきそうです。行きましょう。」
 
 
 
 
******
春英と祐樹が部屋に入っていくと、小柄な男が座っていた。
二人を見て怯えた表情をした。
「彼が……」
男が口を開いた。
「キル・カリマの弟です」
その名前に祐樹が目を上げた。
「なんで、あんたがその名前を知ってる。」
「テロリストとして投獄中ですね。死刑判決が出ていて、この国にいます。」
祐樹が、春英をにらむ。無論そんなことは知っていた。自分で調べたのだ。
うかつだった。春英が祐樹の側の事情を知らずに、自分を引き取るはずはない。
おそらく、祐樹が調べていることにも気づいていたのだ。
 
 
 
「キル・カリマを釈放すればいいんだな。」
「そうです、特赦という形にでもできるでしょう。といっても、別の国で監視下に置かれることになるというだけですが。少なくとも死刑になることはありませんよ。」
最後の言葉は祐樹に向けて言われたものだ。
「なにを!」
祐樹が春英をにらむ。
「いつまでも引きずってていいものでもないでしょう。ちゃんと会ってけりをつけてきてください。」
「引きずってなんかいない。余計なお世話だ。それに、情報が欲しいじゃなかったのか?」
「もちろん、これだけで済ます気はありませんよ。何しろ、私たちは殺されかけたんですから。」
わざと、そうなるようにもっていったんだろうが!!
と突っ込みたい本音を我慢して、祐樹は黙り込むと、それ以上話に加わろうとはしなかった。墜落しかけたヘリから脱出する危険をおかしたのは、取引を有利にするためだけだったのだと、今わかった。
 
 
祐樹は、兄である、キル・カリマのことはあまり覚えてはいなかった。
ただ一人、生き残った家族だということしか知らなかった。
テロリストとして洗脳状態だった頃の記憶を取り除くことで、再教育されたのだ。
再び取り戻した記憶は、どこか他人のもののようでしっくりこなかった。
兄という呼びかたに懐かしさはあったが、執着するほどのこともなかった。
だが、自分がどんなだったのか、もし、知っているのなら、教えて欲しかった。
どんな家族だったのか、自分がどうテロに関与していたのか。
今度こそ、完全に忘れるために知りたかったのだ。
 
 
 
 
 
******
「久しぶりだな」
目の前の男が英語で言った。会うのは五年ぶりになるのだろうが、祐樹の記憶は定かではない。自分に似ているかもしれない、と、その程度の思いで兄の顔を見た。
「俺と話をしたいって? 何が聞きたいんだ。」
傲慢な口調だった。祐樹は、なにも話さずに出て行ってしまいたい誘惑に駆られた。
「俺も、あんたらと一緒に暮らしてたんだよな?」
「もちろんだ、可愛い弟だったよ」
そういいながら、伸びてきた手が、祐樹の手の甲をなぞる。何かの文字を書いているようだ。祐樹がわからないらしいのに気づいて、それが英語に変わる。
母国語を祐樹はもう覚えていない。英語なら教えられた。その文字は、
<空港で俺を逃がせ>
と読み取れた。そして、
<武器を用意しろ>
と。
 
 
キル・カリマは、昔の暮らしを懐かしそうに話した。どんなに家族が仲がよかったか、幸せに暮らしていたか、どんなに仲間たちとうまくやっていたか。どれほど勇敢に、自分たちが信念と正義に基づいた活動をしていたか。
けれども、なにもかもが、尽くされた言葉のすべてが、祐樹の心の表面を滑って、不協和音を奏でる。話していることは嘘ではないのかもしれないが、自分を取り込もうとするあざとさが見え隠れしていた。
死刑は免れるとは言っても、ほかの国で一生拘束されるだけだと、この男はわかっているのだろう。それゆえ、わざわざ会いにやってきた弟を利用して逃げるつもりらしかった。
許された時間が過ぎて、去っていくとき、兄は、
「元気でな」
と、祐樹に声を掛けた。祐樹は黙って頭を下げた。感謝していた。自分に引きずってきたものすべてを捨てる決意をさせてくれた兄に感謝していた。
 
 
 
翌日空港に祐樹は姿を現した。
制止する警備員に、一言だけと許しを得て、兄に近づいていった。
何かを期待するように、見つめる兄の前に立った。
「××××××××」
祐樹が言葉を発すると、兄の顔がこわばった。祐樹が記憶している数少ない母国語の中の一つだった。
 
意味は、<死にやがれ、くそったれ>だったと思う。
 
 
 
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